まだ手をとれない
*たかいな初期
天気は晴れ。お昼前の心地よい静かな空気が流れるいつも通りのワグナリア。
今日こそは殴らない。今日こそは殴らない。殴っちゃったとしても三回未満…。カウンター前で私はいつも通り自分に言い聞かせながら横目で時計を見た。
(あ、もう小鳥遊くんが来る時間…)
「伊波さ…「きゃあぁ!?」
「ぐふっ…!」
すぐ後ろで小鳥遊くんの声がしてなんというか、条件反射で殴ってしまった。
「た、小鳥遊くん!ごめんなさい!」
「いえ…今のは俺の方も悪かったです。驚かせてすみません」
立ち上がりながらそう言う小鳥遊くん。 …あぁ、早速やっちゃった…いつもながら自分でも嫌になる。
「ちが…、私が悪いの!その、なんというか、小鳥遊くん殴るのが条件反射みたいになっちゃって…!」
「状態悪化してますよね!?」
「ど、努力はしてるんだけど…」
「結果として出してほしいです」
うぅ…返す言葉が見つからない。でも男性恐怖症が染み付いた身体はなかなか思う通りに動いてくれない。小鳥遊くんがす、好きなのに…
「…わかってますよ」
「ふぇ…!?」
「?伊波さんが頑張ってるのは…本当はよくわかってるんです。 担当なんですから。だから、焦らなくてもいいですよ」
「…小鳥遊くん」
小鳥遊くんは凄く優しい。だから、余計に申し訳なくて…
「ほら、いつも通りでいきましょう?」
そう言って私に手を差し出したけれど、
「あっ…すみません、マジックハンドじゃないと駄目でしたね」
困ったように笑ってすぐに引っ込めた。
私が男性恐怖症じゃなかったら。小鳥遊くんを傷付けないですむなら。躊躇うことなくその手をとって笑うのに。
私が…
「…伊波さん?」
頭がぐるぐるして、気付いたら私は小鳥遊くんが引っ込めた腕の袖を掴んでいた。
「小鳥遊くん…迷惑ばっかりかけてごめんね。私、もっと頑張って早く男性恐怖症を治すから…だから、」
まとまらない言葉が溢れだす。でも言いたくて。
「伊波さん…」
「あ…えと、その…つまり言いたいのはね、…あ、ありがとう…っ て」
「…………」
目を見るのが恥ずかしくて俯いたまま、でも精一杯言葉を紡いだ。
「はい。これからもゆっくりと頑張りましょうね、伊波さん」
柔らかい声に誘われて見上げると微笑んだ小鳥遊くんがいて胸が熱くなった。頑張ろう、目の前に居るこの人のために。
「た、小鳥遊くん!」
「はい、なん… 「ごめんなさい!!」
「でふぁっ…!!!」
あの、その、でもそれとこれとは話が別というか…恥ずかしくなって、つい。
「今のはね、条件反射じゃなくて、同じみの照れ隠しです!!」
「…どっちでもいいです…!」
まだ手をとれない
けれど、いつの日か
(そういえば、小鳥遊くん私に何かあったんじゃないの…?)
(ああ、店長から伊波さんとふたりで買い出しを…って伊波さん、あつい)
fin